カイラリティと電気トロイダルモーメントの結合に基づく 新しい強誘電性発現機構を提案・実証
―新しい磁性・導電性強誘電体開発の加速に期待―
2024年08月09日
国立大学法人東京大学
一般財団法人ファインセラミックスセンター
国立研究開発法人日本原子力研究開発機構
J-PARCセンター
住友化学株式会社
発表のポイント
- 磁性や導電性を併せもつ強誘電体は新しいデバイス原理につながるさまざまな電子機能の発現が期待されるため精力的に探索が行われていますが、そのような強誘電体を効率的に探索および設計するための指針は限られていました。
- 本研究グループは、結晶構造に内包される「カイラリティ」と「電気トロイダルモーメント」に着目した新たな強誘電性発現メカニズムを提案し、構成元素に依存しない強誘電性の発現を実証しました。
- 本成果で得られた設計指針を応用し、これまで見過ごされてきた物質も強誘電体になりえる可能性が生まれることで、今後新しいデバイス原理の礎となる磁性・導電性強誘電体開発の加速に貢献します。
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カイラリティと電気トロイダルモーメントの結合に基づく強誘電性発現の概念図
概要
東京大学大学院工学系研究科の永井隆之特任助教、木村剛教授(社会連携講座「新しい物理現象を用いた次世代環境配慮デバイスの開発」特任教授)らによる研究グループは、日本原子力開発研究機構の萩原雅人研究員、ファインセラミックスセンターの森分博紀主幹研究員らと共同で、結晶構造に由来するカイラリティ(注1)と電気トロイダルモーメント(注2)の結合に基づく新しい強誘電性(注3)発現メカニズムを提案し、実際に一次元磁性体SrM2V2O8(M = Ni,Mg,Co)において本メカニズムに従う強誘電性を実証しました。
磁性や電気伝導性を併せもつ強誘電体は、電気磁気効果(注4)や非相反現象(注5)といった新たなデバイス原理になり得る特異な物性発現の舞台であることから、これまで精力的に探索が行われてきました。しかしながら、従来の強誘電体の探索指針の下では、Ti4+やNb5+といった磁性や電気伝導性を担うd電子(注6)をもたないカチオンを含む物質が有望とされてきた経緯があり、その指針の下では磁性・導電性強誘電体の探索は困難でした。
本研究では、対称性の観点から、結晶構造のカイラリティと電気トロイダルモーメントの結合が強誘電性を誘起するという新しいメカニズムを提案し、実際にそのメカニズムに基づく強誘電性をSrM2V2O8(M = Ni,Mg,Co)という磁性元素を含む物質群において実証しました。本研究をきっかけに新しい強誘電体、特に磁性・導電性強誘電体の開発が加速することが期待されます。
本成果は、2024年8月8日(米国東部夏時間)に米国化学会誌「Journal of the American Chemical Society」に掲載されます。
発表内容
研究の背景
非磁性かつ絶縁性強誘電体はキャパシタや圧電素子、不揮発性メモリとして応用されており、現代エレクトロニクスに不可欠な材料です。さらに近年、磁性や電気伝導性が共存した強誘電体は電気磁気効果や非相反現象など、新しいデバイス原理となり得る特異な物性の発現舞台として注目を集めており、新しい強誘電体、特に磁性・導電性強誘電体の探索が精力的に行われています。
従来の強誘電体の探索指針は「構成元素」に依存したものであり、Ti4+やNb5+といった空のd軌道(注6)をもった非磁性カチオン(d0カチオン)を含む物質を中心に探索が行われてきました。これは特定の構造の下でd0カチオンが歪んだ強誘電構造を安定化させるためです。しかしながら、磁性や電気伝導性は一般的にd電子が担う場合が多く、d軌道は占有されている必要があるため、従来の指針の下では磁性や電気伝導性が共存する強誘電体の探索は困難でした。このような背景から、新しい強誘電性の発現機構とそれに基づく新しい強誘電体の探索指針が切望されていました。
研究の内容
本研究では強誘電体を結晶対称性の観点から再考し、カイラリティと電気トロイダルモーメントの結合が強誘電性を発現することを発案しました。カイラリティは右手と左手の関係のように、鏡像同士を重ね合わせることができない性質のことをいいます。一方、電気トロイダルモーメントは電気双極子モーメントの渦状配列で定義され、結晶中では例えば回転変位という形で現れます。対称性を考慮すると、カイラリティと電気トロイダルモーメントが同時に存在する状況は、自発分極をもった状態と同じ対称性をもつことがわかり、強誘電性の発現が期待されます。これは直感的にはネジの運動で考えることができます。図1に示すようにカイラリティはネジの溝の切り方、つまり右ネジ・左ネジに対応し、電気トロイダルモーメントの符号はネジを回す向き、つまり時計回り・反時計回りに対応します。例えば右ネジを時計回りに回すと自発的にネジは直進しますが、この並進運動がまさに自発分極の発現に対応するという訳です。重要なポイントは、このメカニズムで発現した強誘電性はネジの溝の切り方と回転方向に依存しており、ネジが何でできているか、つまり構成元素には全く依存しないということです。したがって、原理的には磁性や電気伝導性との共存も可能です。
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図1:カイラリティと電気トロイダルモーメントの結合が誘起する強誘電性の概念図
カイラリティと電気トロイダルモーメントの結合による強誘電性の発現は、直感的にはネジの運動で理解でき、カイラリティはネジの溝の切り方に、電気トロイダルモーメントはネジの回転方向に、ネジの進行方向は分極に対応する。例えば右ネジを時計回りに回すとネジは前進するが、その要領でカイラリティをもつ構造・分子が回転すると分極が誘起される。
この指針に合致する物質としてSrM2V2O8(M = Ni,Mg,Co)に着目しました。SrM2V2O8はユニットセル内にMイオンで構成された4本のらせん鎖を内包しており、右手鎖と左手鎖が交互に並んだ構造をもちます。さらにそれらのらせん鎖が右手系は時計回り、左手系は反時計回りに回転しており、全体として4本のらせん鎖が同じ方向に並進しています。この状況はまさに図1のネジの運動に酷似しており、本研究グループが発案したメカニズムで強誘電性が実現している可能性があることに着眼しました。もし、らせん鎖の回転によって強誘電性が発現しているならば、回転変位が消失すると強誘電性も同時に消失することが予想されます。SrNi2V2O8において中性子粉末回折を用いた構造解析(注7)を行った結果、その予想に合致する構造相転移が観測されました。これにより、結晶のカイラリティと電気トロイダルモーメントの結合に基づく強誘電性発現機構を初めて実証しました(図2)。さらに第一原理計算(注8)の結果、SrNi2V2O8の自発分極の大きさがこれまで報告された強誘電体と遜色ないこともわかりました。
特筆すべきは、d電子をもつ磁性元素であるM = Ni2+、Co2+の系においても、非磁性元素であるM = Mg2+の系でも同様の強誘電性が観測されたことであり、本指針が構成元素に依存しないことも実証されました。
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図2:中性子粉末回折によって決定されたSrNi2V2O8の結晶構造
強誘電性相転移温度(TC = 685 K)前後で行われた中性子粉末回折測定から決定された結晶構造。相転移温度以下ではらせん鎖が回転し、強誘電構造をもっているが、相転移温度以上では回転変位が消失すると共に強誘電構造でなくなる。見やすさのために下図ではSrとOは省略して描いている。
今後の展望
本研究により従来の探索指針とは異なる、構成元素に依存しない全く新しい強誘電体の探索指針が確立されました。本成果はこれまで見過ごされてきた組成や結晶構造をもつ物質が強誘電体になり得る可能性を提示するものです。さらに本成果をきっかけに、磁性強誘電体はもちろん、導電性を併せもつ非従来型の強誘電体の物質開拓も加速されることが期待されます。
関連情報
「プレスリリース①東京大学と住友化学、次世代環境配慮デバイスの開発で社会連携講座を開設 ~新しい物理現象を用いた研究開発を産学連携で推進~」(2023/3/28)
東京大学と住友化学株式会社は、2023年4月から、より環境に配慮したデバイスの実用化に向けて、次世代量子デバイスの重要材料の一つとして期待される「強相関電子材料」について共同研究を行っており、本研究成果を基礎としたさらなる研究を展開していきます。
発表者・研究者等情報
東京大学 大学院工学系研究科
永井 隆之 特任助教
木村 剛 教授
兼:社会連携講座「新しい物理現象を用いた次世代環境配慮デバイスの開発」特任教授
日本原子力開発研究機構 物質科学研究センター 強相関材料物性研究グループ
萩原 雅人 研究員
ファインセラミックスセンター ナノ構造研究所 計算材料グループ
横井 里江 研究員
森分 博紀 グループ長、主幹研究員
兼:東京工業大学 元素戦略MDX研究センター 特定教授
各研究機関の役割
東京大学:研究計画立案、実験全般
日本原子力開発研究機構、J-PARCセンター:中性子回折実験、結晶構造解析
ファインセラミックスセンター:第一原理計算
論文情報
雑誌名:Journal of the American Chemical Society
題名:Ferroelectricity Induced by a Combination of Crystallographic Chirality and Axial Vector
著者名:Takayuki Nagai, Masato Hagihala, Rie Yokoi, Hiroki Moriwake, Tsuyoshi Kimura
DOI:10.1021/jacs.4c06283
URL:https://doi.org/10.1021/jacs.4c06283
研究助成
本研究成果は、東京大学と住友化学株式会社との共同研究である社会連携講座「新しい物理現象を用いた次世代環境配慮デバイスの開発」および科学研究費助成事業(JP19H05823、JP21H04436、JP21H04988、JP22K14752、JP24K08561)の支援のもと実施されました。中性子散乱実験は、J-PARCセンター物質・生命科学実験施設において、高エネルギー加速器研究機構物質構造科学研究所が保有する超高分解能粉末回折装置(SuperHRPD)を用いて行うプロジェクト型研究課題(2019S05)として実施されました。
用語解説
(注1)カイラリティ
右手と左手のように、ある物体や現象がその鏡像同士を重ね合わせることができない性質のことで、「キラリティ」とも呼ばれる。
(注2)電気トロイダルモーメント
正負の等量の電荷がきわめて近距離に存在する状態を電気双極子と呼び、電気双極子モーメントの渦状配列によって特徴づけられる軸性ベクトル量のことを電気トロイダルモーメントと呼ぶ。
(注3)強誘電性
電場が印加されていない状態でも自発的に分極をもち、かつ外部電場の印加によって電気分極の向きを可逆的に反転できる性質のこと。強誘電性をもつ物質のことを強誘電体という。
(注4)電気磁気効果
通常、物質に電場を印加すると電気分極が、磁場を印加すると磁化が誘起される。しかし、空間反転対称性と時間反転対称性が共に破れた系では、例えば、電場印加によって磁化が、磁場印加によって電気分極が誘起される。このような電気と磁気の交差応答を電気磁気効果という。
(注5)非相反現象
伝搬方向の正負によって電磁波や電流、熱流などに対する応答が異なる現象のこと。
(注6)d電子・d軌道
原子を構成する電子軌道にはs、p、d、f軌道がある。このうちd軌道にある電子をd電子と呼ぶ。d電子は磁性や電気伝導性などの物性に重要な役割を果たす。
(注7)中性子粉末回折を用いた構造解析
粉末試料による中性子線の回折現象を利用して、物質の結晶構造や磁気構造の解析を行う手法。
(注8)第一原理計算
計算対象となる物質系を構成する元素の原子番号と系の構造を入力パラメータとし、実験結果を参照しないで系の電子状態を求める計算手法。
研究内容についての問い合わせ先
研究内容については発表者にお問い合わせください
東京大学 大学院工学系研究科 附属量子相エレクトロニクス研究センター 特任助教
永井 隆之(ながい たかゆき)
Tel:03-5841-8808 E-mail:t-nagai@ap.t.u-tokyo.ac.jp
東京大学 大学院工学系研究科 物理工学専攻 教授
社会連携講座「新しい物理現象を用いた次世代環境配慮デバイスの開発」 特任教授
木村 剛(きむら つよし)
Tel:03-5841-6820 E-mail:tkimura@ap.t.u-tokyo.ac.jp
報道に関する問い合わせ先
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東京大学 大学院工学系研究科
広報室Tel:03-5841-0235
E-mail:kouhou@pr.t.u-tokyo.ac.jp
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ファインセラミックスセンター
研究企画部Tel:052-871-3500
FAX:052-871-3599
E-mail:ressup@jfcc.or.jp
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日本原子力研究開発機構 総務部 報道課長
佐藤 章生(さとう あきお)Tel:029-282-0749
E-mail:sato.akio@jaea.go.jp
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J-PARCセンター
広報セクションTel:029-287-9600
E-mail:pr-section@ml.j-parc.jp
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