非線形熱電効果の実証に成功
―新たな熱電技術創成に期待―
2024年08月27日
東京大学
住友化学株式会社
科学技術振興機構(JST)
発表のポイント
- 従来、熱発電を行うためには、加熱や冷却を行うことにより物質内に温度差を作り出すことが必要であり、見かけ上は温度差がないような物質中の温度の“揺らぎ”を利用した熱発電は困難であると考えられてきました。
- 東京大学の研究チームで、温度揺らぎを活用できる現象である、温度差の二乗に比例する非線形熱電効果の実証に初めて成功しました。
- 今回の成果は、これまで利用されてこなかった温度揺らぎを用いた、全く新たなセンサーや環境発電素子の動作原理となることが期待されます。
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非線形熱電効果の模式図
概要
東京大学大学院工学系研究科の有沢洋希助教、齊藤英治教授(社会連携講座「新しい物理現象を用いた次世代環境配慮デバイスの開発」特任教授)らの研究グループは、温度差の二乗に比例する新たな熱電効果の実証に成功しました。
物質中の温度差(温度勾配)を電気に変換できる現象を熱電効果と呼びます。従来の熱電効果は温度勾配に比例した電場を生み出し、物質中に巨視的な温度勾配がない場合には電圧は生じないと考えられてきました。しかしながら、巨視的な温度勾配がなく一見同じ温度にみえる物質中にも、ミクロスケールでは空間的・時間的な温度の変動があり、これは温度揺らぎと呼ばれます。このような温度揺らぎを利用することができれば、全く新しい温度揺らぎセンシング素子や環境発電素子を実現できるはずですが、これまでこの温度揺らぎは見過ごされてきました。
今回有沢助教らは、この温度揺らぎを利用できる可能性のある、温度勾配の二乗に比例した電場が生じる「非線形」な熱電効果の実証に成功しました(図1a)。非線形熱電効果を選択的に検出する測定手法を開発し(図1b)、磁性体Y3Fe5O12上に作製した第二種超伝導体MoGe(モリブデンゲルマニウム)薄膜中の熱電電圧が入力の温度勾配に対して二次の非線形性を示すことを発見しました。今回の発見は、非平衡温度揺らぎを検出するセンサー、さらには巨視的な温度勾配がない状況下でも非平衡温度揺らぎから発電可能な全く新たな環境発電素子の動作原理となる可能性を秘めています。
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図1:非線形熱電効果とその測定系の模式図 (a)非線形熱電効果の模式図。第二種超伝導体MoGeに温度勾配を与えると、温度勾配に沿ったボルテックスの運動により電場が生成される。磁性体Y3Fe5O12中の磁化とボルテックスの相互作用により、ボルテックスによる熱電効果に非線形性が生じ、その結果熱電効果に非相反性(温度勾配の向き(図中の赤い矢印)が反転した際に発生する電圧(図中の青い矢印)の大きさが異なること)が現れる。(b)非線形熱電効果の測定系の模式図。試料面直方向に二つのヒーターで温度勾配を与え、両者のヒーターから生じる温度勾配の位相差を制御しながら温度勾配および外部磁場と垂直な方向の電圧を測定した。
本研究成果は、2024年8月26日(英国夏時間)に英国科学雑誌「Nature Communications」に掲載されます。
発表内容
研究の背景
金属や半導体中に温度差(温度勾配)を与えると、その温度勾配に起因して電圧が発生します。この効果は熱電効果と呼ばれ、これを用いてさまざまな熱センサーや熱発電素子が作られています。従来の熱電効果は巨視的な温度勾配がない場合には電圧が消失するため、明確な温度勾配が存在する状況下でのみ用いられてきました。その一方で、我々の生活環境では、巨視的には温度勾配がなく一見同じ温度にみえる状況であっても、ミクロにみると空間的・時間的な温度揺らぎが生じています。この温度揺らぎはこれまで見過ごされてきましたが、もしこれを検出・利用することができれば、全く新しいセンシングや熱環境発電が可能となるはずです。
このような新規熱電技術創成の鍵となる現象として、温度勾配に比例して変化する線形な熱電効果とは異なり、温度勾配の二乗に比例する非線形な熱電効果があります。この熱電効果は、従来の線形熱電効果とは異なり、温度勾配が反転しても発生する電圧の符号が反転しないという特徴をもちます。もし、温度勾配の反転とともに発生する電圧の符号が反転してしまうと、温度が上がったり下がったりという揺らぎによって発生した電圧同士が打ち消し合い、正味の電圧は生じません。しかし、温度勾配の二乗に比例する非線形な熱電効果では電圧符号の反転が起こらないことから、本効果を用いれば空間的・時間的に振動する温度揺らぎを有限の電圧に変換することが可能なはずです。これまで、この非線形熱電効果の実証はおろか測定法すら確立されていませんでした。そこで本研究では、非線形熱電効果の測定手法を開発し本効果を実証することを目指しました。
研究内容
本研究では、非線形熱電効果開拓に最適な物質として、第二種超伝導体(注1)であるMoGeに着目しました。MoGeに外部磁場を印加すると、ボルテックス(注2)と呼ばれる磁気欠陥がMoGe内に生じます(図1a)。本物質に温度勾配を与えるとボルテックスの運動を誘起することができ、ボルテックスの運動に起因して熱電効果が生じます。さらに重要なことに、MoGeを磁性体Y3Fe5O12上に作製するとボルテックスと磁性体中の磁化の相互作用によってボルテックスの運動が非線形・非相反(注3)になることが知られています。すなわち、本系におけるボルテックスの非線形性とボルテックス由来の熱電効果によって非線形な熱電効果が発現するはずです。
非線形熱電効果実証のため、MoGe/Y3Fe5O12試料に対して二つのヒーターを取り付ける新たな測定手法を開発しました(図1b)。両方のヒーターを用いて試料面直方向に温度勾配を与え、温度勾配に沿ったボルテックスの運動に起因するMoGe面内方向の電圧を測定しました。その結果、ボルテックスの運動が非線形になる特定の磁場領域において、入力温度勾配の二次に比例する明瞭な非線形電圧ピークが生じることがわかりました(図2a)。さらに二つのヒーターから生じる温度勾配の位相を制御することによって、観測された電圧が非線形熱電効果に予想される特徴的な位相依存性を示すことを明らかにしました(図2b)。以上の結果は、非線形熱電効果の測定原理を提案するとともに、その存在を実証した初めての実験例となります。
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図2:MoGeに温度勾配を印加した際の非線形電圧の測定結果 (a)MoGeにおける非線形電圧(青色実線)および抵抗率(赤色実線)の外部磁場依存性。抵抗率が磁場の増加に伴い急激に増加する領域ではボルテックスが温度勾配に沿って運動することが知られており、その磁場領域にて非線形電圧ピークが生じている。(b)非線形電圧の温度勾配相対位相依存性(青色丸)および理論的に予想される位相依存性(黒色実線)。
今後の展望
本研究により、温度勾配の二乗に比例した新たな熱電効果が実証されました。この非線形な熱電効果は、温度揺らぎを利用した全く新しいセンシング素子や発電素子の動作原理となる可能性があります。本効果は低対称な系において発現する現象であり、今回の物質以外のさまざまな物質で生じるはずです。本成果を契機として、室温での本効果の実現に向けた広範な物質開拓が期待されます。
関連情報
「プレスリリース①東京大学と住友化学、次世代環境配慮デバイスの開発で社会連携講座を開設 ~新しい物理現象を用いた研究開発を産学連携で推進~」(2023/3/28)
東京大学と住友化学株式会社は、2023年4月から、より環境に配慮したデバイスの実用化に向けて、次世代量子デバイスの重要材料の一つとして期待される「強相関電子材料」について共同研究を行っており、本研究成果を基礎としたさらなる研究を展開していきます。
発表者・研究者等情報
東京大学大学院工学系研究科
有沢 洋希 助教
藤本 雄人 研究当時:修士課程
吉川 貴史 助教
齊藤 英治 教授
兼:社会連携講座「新しい物理現象を用いた次世代環境配慮デバイスの開発」 特任教授
兼:理化学研究所 創発物性科学研究センター チームリーダー
兼:東北大学 材料科学高等研究所 主任研究者
論文情報
雑誌名:Nature Communications
題 名:Observation of nonlinear thermoelectric effect in MoGe/Y3Fe5O12
著者名:Hiroki Arisawa*, Yuto Fujimoto, Takashi Kikkawa, and Eiji Saitoh*
DOI:10.1038/s41467-024-50115-4
URL:https://www.nature.com/articles/s41467-024-50115-4
研究助成
本研究成果は、住友化学株式会社との共同研究である社会連携講座「新しい物理現象を用いた次世代環境配慮デバイスの開発」の支援および助言を受け、本研究成果を基礎としたさらなる研究を展開しています。また、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業CREST「非古典スピン集積システム(JPMJCR20C1)」、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金基盤S(JP19H05600)などの一環で得られました。
用語解説
(注1)第二種超伝導体
一定の磁場(臨界磁場)を超えた時に、超伝導状態を保ちながら磁場が部分的に侵入する状態に移行する超伝導体。
(注2) ボルテックス
第二種超伝導体に磁場を印加した際に、超伝導体内に磁場が侵入することで生じる磁気的欠陥のこと。量子渦とも呼ばれる。
(注3)非相反性
ある方向の輸送特性とそれと逆方向の特性が異なる性質のこと。
研究内容についての問い合わせ先
研究内容については発表者にお問い合わせください
東京大学大学院工学系研究科 物理工学専攻 助教
有沢 洋希(ありさわ ひろき)
Tel:03-5841-6853 E-mail:h.arisawa@ap.t.u-tokyo.ac.jp
東京大学大学院工学系研究科 物理工学専攻 教授
社会連携講座「新しい物理現象を用いた次世代環境配慮デバイスの開発」 特任教授
理化学研究所 理化学研究所創発物性科学研究センター チームリーダー
東北大学 材料科学高等研究所(WPI-AIMR) 主任研究者
齊藤 英治(さいとう えいじ)
Tel:03-5841-6505 E-mail:eizi@ap.t.u-tokyo.ac.jp
報道に関する問い合わせ先
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東京大学 大学院工学系研究科
広報室Tel:03-5841-0235
E-mail:kouhou@pr.t.u-tokyo.ac.jp
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科学技術振興機構 広報課
Tel:03-5214-8404 E-mail:jstkoho@jst.go.jp
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住友化学株式会社
コーポレートコミュニケーション部https://www.sumitomo-chem.co.jp/contact/public/
JST事業に関すること
科学技術振興機構 戦略研究推進部 グリーンイノベーショングループ
安藤 裕輔(あんどう ゆうすけ)
Tel:03-3512-3531 E-mail:crest@jst.go.jp